大切なものは

第 8 話


「この程度の事で休むなど、皇帝陛下の心証が悪くなったらどうしてくれる」

心底不愉快だと、ルルーシュは顔をゆがめスザクを睨みつけた。
父親を殺したいほどに憎んでいたルルーシュが、今その父親に忠誠を誓っている。いや、心酔し、崇めていると言ってもいい。本人の意思を、心を捻じ曲げるギアスはこれほどまでに強力なのだ。ユーフェミアも、ルルーシュのギアスで完全に作り替えられていたのだと、彼女の意志は完全に殺されていたのだと、これで証明された。あの日の彼女の最後の笑みを思い出し、憎しみと悲しみが胸を占めた。
それに比べて、彼の待遇はどうだ。
記憶をギアスで作り変えられ、腕を失いはしたが生きているじゃないか。
彼女のようにいわれのない罪で名を汚され、殺されたわけではない。
本来なら、彼女を操り殺したのだと公表し、反逆者ゼロとして処刑されるべきなのに、なんて手ぬるいのだ。
先ほどまであった同情心は一気に消え去り、腕を失い、体に傷を負ったことを、当然の結果だ。その程度では生ぬるいと思うようになっていた。
突然変わったスザクの視線に、ルルーシュいやジュリアスは眉を寄せた。

「自己管理ができていないから、熱を出すんだろ?そんな体で万が一にも失態を犯すことのほうが問題なんじゃないのか?」

熱は、思考を鈍らせる。
図星をさされたジュリアスは、スザクのくせにと顔をゆがめた。

「この程度の熱で、私が判断を誤るとでも?お前と一緒にするな」
「ヴァルトシュタイン卿に話が通った以上、君は今日一日その体を休めるんだ。昼までに熱を下げれば、午後からは出れるよう話を通そう」

怪我をしたから、ゆっくり休む?
冗談じゃない。
ユフィはもう、休むことさえできないんだ。
熱を出すことも、傷をいやすこともないし、こうして心配されることもない。それにくらべたら、彼女を殺した大罪人のくせになんて高待遇なんだ。
徐々に殺気が濃くなってきたスザクに、ジュリアスは目を細めた。

「それはいいことを聞いた。この程度、薬を飲み少し休めばすぐに下がる」

スザクの感情の変化など興味がないと、ベッドサイドに置かれているテーブルの引き出しを開けた。そこには、病院からもらったのだろう薬がたくさん入っていた。その種類と量に驚いたが、ジュリアスは迷うことなくいくつかの錠剤を選び取り、右手だけでどうにかそれをケースから取り出した。片手だけだから、一つ一つの作業に時間がかかる。それを、いい気味だとスザクは後ろから眺めていた。
必要な錠剤を手にしたジュリアスは、部屋を出て台所へ向かった。
歩いている間に錠剤を口に含むと、冷蔵庫を開けペットボトルの水を取り出す。

「開けてくれ」

当たり前のように、ペットボトルを差し出してきたので、それを受け取った。
開ける?
お前のために?
冗談だろう?

「自分で開けたら?それとも、毎回開けるのに誰かを呼んでたのか?」

と、そのペットボトルを突き返した。

「私の看病をしろと言われたのではないのか?」
「平気なんだろ?その程度の熱」

自分で言ったじゃないか。
そう言われてしまえば、引くしかない。こんなことも出来ないのかといわれ、それでも頼むと言える性格ではない。不愉快そうにスザクを見た後、ペットボトルを手に取った。そのまま寝室に戻るとベッドに座り、行儀悪くペットボトルを足の間に挟み、片手でキャップをひねった。だが、服は摩擦が少ないため、キャップと一緒にボトル部分も回ってしまう。それにいら立ち、ルルーシュは舌打ちした。
まあ、そうなるだろうねとスザクは壁に寄りかかり腕を組んでそれを眺めていたが、手を出そうとはしなかった。
この方法は無理だとすぐに判断したルルーシュは、冷たいペットボトルを服に入れた。どうやら直接わきに挟んで回す策に出たらしい。服がないからホールド力は増すだろう。だが、固定するために使う左脇は腕を切断した痛みが走る。平静を装っていても、痛みがあることは見て取れた。
たかがペットボトルで大変だなと見ていると、熱で手にうまく力が入らないのか早々に開けるのをあきらめたようで、サイドテーブルにペットボトルを置いた。
いや、それ以前に薬の副作用も何かしら出ているのかもしれない。今まで水を飲まずにいたとは思えないから、普段は開けることぐらいできたはずだ。スザクはため息とともにベッドに近づいた。

「・・・仕方ないな、開けてあげるよ」

ルルーシュを見下ろすようにスザクは言った。
心底嫌そうな声に、ジュリアスは顔をゆがめ舌打ちをした。

「不要だ」

そういうと、口の中に入れていた錠剤をかみ砕く音が聞こえた。

「馬鹿か君は!ほら、水」

薬だけ胃に入れてどうすると、サイドテーブルに置かれたペットボトルを手に取り、ふたを開けて差し出すが、ルルーシュはプイと顔を背けた。可愛くない反応に、スザクは眉間にしわを寄せた。

「大体、この薬は食後とかに飲むタイプじゃないのか?」
「問題ない」

やはりそうなのだ。そんな飲み方では胃腸を痛めてしまう。

「体を治すために飲むのに、そんな飲み方してどうするんだ。ほら、水!」
「不要だ。お前が飲んだらどうだ?先ほどから叫び続けて喉も渇いただろう?」
「薬を飲むための水だろ」
「もう、飲み終わった。だからそれはもういらない」

スザクから視線を外し、ジュリアスはベッドの上を移動すると布団の下にその体を滑り込ませた。その時丸めた毛布の存在を目にし、ああ、忘れていた。これを身代わりにしていたんだという顔をしたが、すくにその体を横たえた。

「大体、君は今起きたばかりだろう。水分を取らないとつらくなるぞ」

熱も出ているんだから。

「あとでな。今は寝る」
「いま飲みなよ。脱水症状になるよ」
「お前が気にすることじゃない。それより、お前は私を休ませたいのか?それとも私の安眠を妨害したいのか?どっちだ?」

眠る邪魔をするなと言った後、ジュリアスは目を閉じた。

Page Top